主にお出かけ記録と読書記録
祝!はやぶさ2!!

JUGEMテーマ:日記・一般

 

はやぶさ2タッチダウンおめでとうございます!!

 

いやー前日に出ていた予定ではちょうど仕事で見られなさそうでしたが

30分ほど早く進行して無事見届けることができました。

おそらくJAXAのスケジュールの中で一番早く行ったパターン。

個人的にラッキーでした。

職場が近くて助かった。

 

今回はリュウグウからのサンプルリターンが目玉なわけですが、

弾丸発射までは確認されているので岩石を採れた期待が持てます。

「岩石」と言ってもはやぶさの機体があの大きさなので

採れていても1cm以下なんですけどね。

分析には十分でしょう。

大きいと重くなっちゃうし。

機体にも現在異常なしということで、今後もミッション続行です。

 

初代は着陸時の目安になるターゲットマーカーを置くことに失敗してしまい、

その後挑戦した着陸もずっこけた上しばらく通信不能になり、

さらに弾丸発射ができなかったので、

今回汚名返上名誉挽回リベンジ成功しましたと言ったところです。

 

今後まだ1回か2回かのタッチダウンを予定していて、

リュウグウ表面をちょっと発破して表層じゃなく中の岩石を取る予定とか。

最終的に年末ぐらいにリュウグウを出発して地球へと向かいます。

私なんかはチキンなので

「まだあんなゴツゴツしたとこへ降りるの?もうよくない?

 今回採れたそれ持って帰っておいでよ!」

と言いたくなるのですが、

できるだけ多くの成果を目指してプロジェクトチームの方は頑張ってくださります。

ほんと頭が下がります。

 

 

帰ってくるまでがミッションです。

最後まで気が抜けませんが、無事戻ってくることを祈りつつ、

今回は本当におめでとうございます!!

 

posted by RAN | 21:07 | 理系 | comments(0) | trackbacks(0) |
千の技術博

JUGEMテーマ:日記・一般

 

寒いですねこんばんは。

 

この週末に東京に行く用事がありまして、

余った時間で国立科学博物館に行ってまいりました。

今特別展でで「千の技術博」ってのをやってるんですね。

明治150年記念だそうで、

開国から今までどのくらい技術が進歩したのかを眺めてみようっていう展示でした。

科学というか技術のお話。

 

ジャンルが多岐にわたっていて

1テーマだけでももっと重くできるんだろうなあとは思いました。

ものによっては展示してあるものが割と「昭和」の時代のもので、

大体どれくらいの時期に技術が花開いたのかというのも見て取れます。

 

化学分野でも面白い展示がありました。

いくつかご紹介を。

 

 

明治期の元素性質一覧表。

「元素化合量一覧」とあります。

カタカナで振り仮名がふってあるあたり面白いです。

というかものすごい漢字当ててたんですね。ごつい。

 

 

アンモニア合成触媒。

化学工業史の革命点にして今なお輝くハーバーボッシュ法の、最初期の触媒。

田丸節郎は当時のフリッツ・ハーバーの研究室に留学していたらしいです。

「アムモニア」って書いてあります。可愛い。

 

 

ちょっと前の話題、度量衡関連ではこちら。

キログラム原器とメートル原器を運んだケース。

めちゃくちゃ頑丈に作られてるのがよくわかります。

キログラム原器の方、かなりヤバイものが入ってそうですよね。

ほら、核……的な………

 

電話交換代の使い方ビデオなんかも面白かったですね。

電話繋ぐのも大変だったんだなあと。

「千の技術博」のプレートがあるフォトスポットがあったのですが、

そこに置いてあったのは黒電話でしたね……ダイヤルの……

おばちゃんそれなら使い方わかるよ………

 

 

「余った時間」なんかに行ったので閉館まで1.5Hしかなく、

ちょっともったいなかったです。

やっぱり2H以上は要りますね。

カタログ、迷った末に買わなかったのですが、

今買っとけば良かったと後悔しています。

いや最近財布の紐の緩さがひどいので締め付けないといけないのですが。

 

 

3月3日までなので、

興味がある方はお早めにー

 

posted by RAN | 21:19 | 旅・おでかけ | comments(0) | trackbacks(0) |
人間誰しも野蛮さを持つ
評価:
ウィリアム ゴールディング,William Golding
早川書房
¥ 1,080
(2017-04-20)

JUGEMテーマ:自分が読んだ本

 

先日初めて天ぷら屋さんに行きました。

ふわふわでした。

美味しかったです。

とても美味しかったです。

 

 

という幸せな話から毛色が変わり

ディストピアものを久しぶりに読みましたという覚書。

いつものネタバレ進行で。

 

蠅の王

ウィリアム・ゴールディング著

黒原敏行訳

ハヤカワepi文庫

 

いわゆるディストピアというより

ユートピアの崩壊物語といったほうが良いかもしれません。

 

本編内では舞台背景はよくわからず、

一応英国が存在しているようであり、

その英国は戦争状態にあるという程度の情報しかありません。

英国の子供達が飛行機で疎開中に無人島に不時着するところからお話が始まります。

 

主人公は頭の回転が早く、背が高く、

少年ながらどことなくカリスマ性を持つゆえに少年たちのリーダーに選ばれたラルフ。

ラルフの対になるのが、体ががっしりとしていて非常に活動的、

強引なところもあるが勇敢、承認欲求強め、元聖歌隊隊長のジャック。

 

はじめは大人の居ない南国楽園生活を謳歌している子供達が、

そのうちに

「無事救助されるためにやるべきことをちゃんとやろう」ラルフ派と

「狩りをして無人島生活を楽しくやろう」ジャック派に分裂して争い出し、

前者も空腹感で揺れ動く一方で

後者は人間らしい理性を失っていき、

そんな中で島には正体不明の「獣」がいるのではないかという疑念が持ち上がり……

 

 

文明・理性・秩序・冷静さ・議論と民主主義

野蛮・本能・興奮・勇猛さ・リーダーシップと独裁

の対立のなかに恐れを放り込んだ話でした。

狩り派の狩猟メイクなんかは個性や自立心の喪失としてわかりやすく書かれています。

構図自体はとてもわかりやすい。

 

理性サイドに近いけれど少し距離を置くサイモンという子が出てきて、

子供視点では変わった子、

物語の中の立ち位置としては感受性が高く、真に賢い子として描写されています。

この子が「獣」の正体に気づくのですが、

まさにその「獣」に食い殺されてしまうという展開。

 

まあ、サイモンは、

興奮状態の輪の中に飛び入ったがための、

事故だとしよう。

錯乱状態にあった群衆に飲まれたとしよう。

よくないけど、彼らに殺意はなかったと思おう。

 

しかし、議論や文明の信奉者(行き過ぎ感はある)であり、

先を考えて行動することが得意で、

象徴だった道具の所持管理者だったピギーという少年に至っては

興奮状態とはいえ明確に対立の中で殺される。

ここまでくるともうほんとに救いがない。

 

そして主人公も殺意でもってあと一歩で息の根を止められるところだった。

理由などほとんどなく、読者視点では完全に私怨である。

ジャックが承認欲求を変な方向にこじらせたがために、ラルフは死の寸前までいく。

 

ちなみにもう1人物語中に亡くなっている子がいて、

この子は物語序盤で主人公たちの考えなしの行動のために事故で亡くなります。

なんか段々子供が死ぬ理由が事故から意図的な殺人に変わっていくんですよね。

 

この物語の「獣」は人間の持つ獣性=悪魔的部分そのものです。

タイトルの蠅の王もベルゼブブで、悪魔なんですねえ。

 

主人公も含めて、

人間というのは程度の差こそあれ、

誰しも獣的な部分や我が身可愛さに保身に走る卑怯さを持ってるし、

集団心理やトランス状態は簡単に暴力性をむき出しにしてしまうね。

でも理性って、取り戻すこともできるよ。

 

そんなお話でした。

厨二病的連想ゲームというか、

「蠅の王=ベルゼブブ+(本作中で)豚=暴食を象徴する悪魔」

みたいな読み方が得意な人はもっと深読みできると思います。

話は読みやすい本なのでお気軽に。

 

posted by RAN | 22:53 | 本・雑誌 | comments(0) | trackbacks(0) |
重さとはエネルギーであるからして

JUGEMテーマ:自分が読んだ本

 

一月も半分が過ぎました。

いかがお過ごしですか。

インフルエンザで大変だという話をちらほら聞きます。

どうかお気をつけを。

 

さて今回読んだ本は、

ちょっと前に参加したシンポジウム関連です。

 

新しい1キログラムの測り方 科学が進めば単位が変わる

臼田 孝

講談社ブルーバックス

 

度量衡改定関連の本。

タイトルはkgにフォーカスされてますが、

kgとmolの関連性が密接であるためmolについての解説も結構多いです。

その他A(アンペア)とK(ケルビン)についての改定についてにも触れられております。

読んで分かったのですが、電流ってなかなか難儀だな……

あとカンデラあまりに自分と接点がなさすぎてわからん………

 

この本の本題、キログラムがプランク定数から決められるわけ。

 

そもそも現在、kgは原器に頼っています。

「こいつの重さが1kgだーー!」という錘があるのです。

1889年に作られました。

この基準、10万年は大丈夫だと思われてました。

しかしどうやらその重さが…ずれてきている……?ということがわかり、

原器はやめましょうという話が持ち上がったという次第です。

 

アインシュタイン大先生によれば、

   E=mc^2

さらに光子1個の持つエネルギーは

   E=hν

ゆえに

   m=hν/c^2

ということで、(プランク定数h)×(光の周波数ν)÷(光速cの二乗)が質量です。

プレンク定数と光速を定義値とすれば、

あとは光の波長だけでkgが決まります。

赤色の光か青色の光かで光子1つのエネルギーが変わるので、

「○色の光の光子いくつか分のエネルギー/光速二乗」がちょうど1kgという。

光速はすでに定義値になっているので、あとはプランク定数です。

 

「めんどくさいからここが1でよくね?」と言いたくなるのですが、

そうすると今の世の中に多大なる影響を与えてしまいます。

なるべく日常に影響のないようそっと移行する必要があります。

しかもどうやらキログラム原器のずれが50μgくらいなので、

これ以上の精度で定数を求めなければなりません。

 

かくして錘をプランク定数へ写し取る、精密測定国際プロジェクトが発足しました。

 

方法の1つは「キッブルバランス」という天秤で重さを電子の電荷(電気素量)とプランク定数へ結びつける方法。

もう1つはシリコン球の重量を体積と格子定数からアボガドロ数と結びつけてプランク定数へ変換する方法。

 

後者の測定に関わったのが日本の産総研です。

著者はここの人というわけ。

 

著者のプロジェクトに限らず、

いかに精密に測定するかが考案され実証される様がすごく気持ちいい。

アイデアがすごい。

こんなこと言っては何ですが、よく考えますねこれ。

科学の進歩とともにどんどん精密測定手法が編み出されていきます。

あっちの進歩がこっちを進め、

それのおかげで問題が解決する。

まさに計測技術は基礎科学の元という感じがしました。

 

kgの改定がすぐさま科学や社会の進歩まで結びつくかというと

今すぐ劇的な変化が起こることはなさそうですが、

なにぶんテクノロジーも精密を極めてきている昨今ですので

そのうちこの新定義のおかげでブレイクスルーが起こるかもしれません。

何せ1kgだった目盛りが36桁細かくなりましたからね。

シンポジウムでも言ってましたが、未来に人類に期待です。

 

posted by RAN | 23:08 | 本・雑誌 | comments(0) | trackbacks(0) |
年末旅行@千葉

JUGEMテーマ:旅行

 

遅ればせながらあけましておめでとうございます。

平成31年が始まりましたね。

一年の計は元旦にありと言いますが、

今年も「健康」で参りたいと思います。

何より大事ですので。

 

 

さて年末の話になりますが千葉県の南の方行ってきました。

毎年恒例家族旅行。

私は運転できないので親運転で。

いつまでたってもお子ちゃましてますがこればっかりは仕方ありません。

しかし車の機動力すごいですね。

親と旅行する度に思います。

 

今回は自分で計画したわけでも何でもないのでダイジェストで。

 

1 海ほたる

飛行機と富士山の組み合わせが最高。

羽田が近いので飛行機ががんがん降りてくる。

えっ飛行機ってこんなペースで着陸してるんだと驚くぐらい次から次へと飛んでくる。

 

2 粟又の滝

千葉では有名な紅葉狩りスポット。

残念ながら水の量が少ない。

それもそのはずでここ最近全然雨降ってないんですねえ。

遊歩道になっていて、ここを起点もしくは終着点としてハイキングができます。


3 濃溝(のうみぞ)の滝

インスタで有名になったここ。

なんでもちょうど日の出頃に日が差し込んで素敵な景色が見られるとのこと。

水を引くために岩山をくりぬいた結果現れた洞窟です。

ありそうでない、岩のトンネルをくぐって川が流れてくる光景。

日の出とは全然違う時間に行きましたが、なかなか良かったです。

すぐ近くにはホタルの生息地がありました。

夏は綺麗でしょうねえ。

 

4 大山千枚田

南向いた斜面に作られた棚田。

想像してたのより広くて見応えがありました。

よくこんなとこに田んぼ作ったなと思う。

というかどっから水引いてるんでしょう……。

冬の時期は日が暮れるとLEDが点灯し、ライトアップされます。

これ全部設置したのかと思うとまた驚きます。

祭り期間は松明を1000本炊くんだとか。

 

5 鴨川シーワールド

シャチ・イルカ・アシカ・白イルカのショーが人気の水族館。

どれも面白かったのですが、

シャチのショーでパフォーマンスをしていたお兄さんお姉さんが特にすごかった。

シャチの背中や鼻先で立ったりするんです。

すごい。体幹強い。

チンアナゴの本物を初めて見ましたが、思ったより小さかったです。

クラゲって生き物としてのやる気が感じられないよね。

 

6 野島崎

房総半島の先っちょ。

旅をしていると先端とか端っこに行きたくなるものです。

2018年の夕日を見納めました。

雲がかかったので水平線に沈む様子は見られませんでしたが

空と海が赤く染まる様は何度見ても良いものです。

 

7 鋸山

千葉県で一二を争う有名観光地。

どうやって成り立ったのかが気になる絶壁。

地獄覗きと呼ばれるスポットが有名ですが、

巨大な観音像が彫られていたり、大仏があったり、

仏様が沢山いたりという実に不思議な雰囲気のあるところでした。

地獄覗きは柵がしっかりしてるのでさほど怖くなかったです。

見てる方が怖いやつかな。

登ったり降ったり、今回の旅行で一番歩きました。

 

 

以上、千葉県南部の旅でした。

犬吠崎とか、濡れ煎餅で有名になった銚子電鉄とか、

次行く時はそちらの方へ行きたいですね。

 

 

 

次はGWまで何もないよーー

 

 

posted by RAN | 21:31 | 旅・おでかけ | comments(0) | trackbacks(0) |
こうして僕らはあらゆるものを失うことができる

JUGEMテーマ:自分が読んだ本

 

年の瀬。

 

こんばんは。

12月も残すことろあと半月、みなさま仕事は収まりそうでしょうか。

学生さんはそろそろ休暇ですね。

職場で風邪が流行ってまいりました。

気を引き締めて行きましょう。

 

さて今回はこの本。

 

エピローグ

円城塔

ハヤカワ文庫

 

先に言っておきますが全然わからんかったです。

例によって情報が行ったり来たり飛んだり入れ子になったりしながら混乱している。

その読み心地がたまらねえぜ。

 

「退転」という現象以降、まともなロジックが機能しなくなった多宇宙世界が舞台のSF。

どっかでも読んだぞそんな話、と思うわけですが

今回はOTC(オーバーチューリングクリーチャー)という

宇宙生物というか異次元生物が人類の敵として登場します。

これが人間よりはるかに高度な存在で、

そもそも住んでる宇宙の「解像度」が違うらしく、

人類は撤退に次ぐ撤退、もとい、退転に次ぐ退転を繰り返しており青色吐息状態。

負けが見えてる。

 

そんな中でこの小説は二人の人物視点で交互に進行していきます。

一人はOTCの残渣であるアイテムを拾い集めることを仕事としている朝戸。

相棒にロボット(こいつもまた異次元生物)のアラクネを連れていて、

人類対OTCの最前線に立っています。

もう一人は連続(?)殺人事件の捜査をする刑事クラビト。

それぞれ異なる宇宙での全然違うっぽく見える連続殺人事件を嫌々追いかけています。

最終的に二つの話がまとまって、まとまって、るんだと、思う。多分。

話が進むにつれてメタ成分が増えていきましてね。

クラビトパートの連続殺人事件、最終的には「連続殺人事件」が殺されたりするんでね、ええ。

 

およそ映像化の不可能な情報の塊と混乱。

 

情報技術とかコードとかに触ってた方が絶対わかるんだろうなあ…

数学的な論理学というよりコンピュータエンジニアリングって感じです。

 

物語ること、ストーリーを構築すること、想像すること、存在すること、

小説をかくこと、コピーすること、参照し検索すること

 

この辺りへのこだわりはそこかしこに見られるのは

どうにもやっぱり円城塔ですなあという感じ。

なんか全然わからないんですけど、面白いのだから不思議です。

 

 

対になっている「プロローグ」という本もあるので、

頑張ってそっちも読んでみようと思います。

 

posted by RAN | 22:06 | 本・雑誌 | comments(0) | trackbacks(0) |
初めての公開シンポジウム

JUGEMテーマ:日記・一般

 

やだ奥さん師走ですってよ。

 

 

今年も残すところあと一月となりました。

仕事収まるかな?

 

さてこの週末ですが珍しく出かけてまいりました。

暖冬のはずがなぜかドンピシャで寒かった日曜日、

 

これに↓

 

「新しい国際単位系 (SI) 重さ、電気、温度、 そして時間の計測と私たちの暮らし」

 

参加しました。

 

日本学術会議主催で産総研が協賛。場所は乃木坂の学術会議講堂駅近すぐ。

参加無料。

 

これは行かざるをえない!!

 

ということで公開シンポジウム初参加。

ちょっとドキドキしつつ国立新美術館の麓へ。

無料といっても申し込みはいるんですが、

タイムリーな話題だけあってかどうやら満員になったようでした。

 

主催の方が最初に「ホッとした」っておっしゃってまして、

どうやら公開シンポジウムってそもそも埋まらないものらしく、

しかも日経サイエンスの編集者に「人集まるかなあ」と相談したら

「精密測定とか単位の特集回って……売れないんだよね……」という回答を得たとかで、

今回の盛況っぷりに心底安心した様子でした。

 

講演内容ですが、

基本的に「測る」とはどういうことか、どうやって測られてきたか、

単位を変えることで何が変わるのか、今後にどう影響するか、ということが
各ジャンルから語られるという形でした。

圧巻だったのは光格子時計の香取先生。

「そもそも時計とはあるものの周期をカウントするものである」から始まり、

励起状態の原子をトラップする方法や

高度計として利用した時のデータなど

すげーすげーとしか言いようのない話が次々出てきてワクワクしました。

物性物理の講演や光コムが門外漢すぎて全然わからなかったけれど、

それでもなんとなく面白かったです。

長さを測るために光の走る時間じゃなくて周波数をカウントする手法があるんだなあ。

 

個人的にはやはり化学についてのお話に期待して参加したところがあります。

原子量は高校で習った通り同位体の存在比から出す平均値であり、

さらに同位体の存在比率が地域によって違うので

たとえアボガドロ数を定数として誤差ゼロへ決め打っても

原子量ってのは不確かさを持ってしまうんです、という話は「なるほどなー」となりました。

でもぶっちゃけあれだ、

巽先生あんまり今回の改定に興味な

……はい。

 

こぼれ話的に面白かったのが、産総研の先生がしていた

アボガドロ数測定のためのシリコン球作成のお話。

シリコンの同位体を減らしたくてなんとか濃縮かけるための方法を探していたら

ロシアが元々水爆用だった遠心装置を持っていることがわかり、

「平和利用のために」と言ったら喜んでお安く貸してくれたというの。

いや世の中なにが役に立つかわかりませんね。

 

講演者の先生方は肩書き見る感じ最先端の研究者だったので、

なんだか贅沢な半日でした。

たまにはこういうアカデミックな日もいいよね。

これから度々チェックしていこうと思います。

 

 

しかし私がこういうのもなんですが、

ああいう人たちはみんな喋り慣れているような人たちばかりかと思いきや案外そうでもないというか、

上手い下手に結構な差があったな、と。

あれどこからくるんだろう。

そういうのも汲み取れるようになりたいなあ。

 

あと、「自説をぶつける一般参加者」って、本当にいるんだなー……

都市伝説だと思ってた………

 

posted by RAN | 21:18 | 理系 | comments(0) | trackbacks(0) |
時間を測る 時間を刻む

JUGEMテーマ:自分が読んだ本

 

初めて紅茶染めというのをしてみたのですが、

浸けすぎてだいぶ茶色くなってしまいました。

 

 

こんばんは。

地図をアンティーク調にしてみたかったんですがねえ。

10分ぐらいで良かったようです。

まあもったいないのでこのまま使います。

 

さて前回の記事でkgの定義変更とモルのことを書きましたが、

今回は時計のお話、の本を読みました。

 

時計の科学 人と時間の5,000年の歴史

織田一朗

講談社ブルーバックス

 

時計というのがそもそもどういう仕組みで動いていて、

どんな進化を遂げてきたかということをまとめた本。

日時計に始まり光格子時計まで、

副題通り人が時間をどうやって計測してきたかという流れが見えます。

 

時計に必要な要素は、

1. 何日も使っても狂ってこないこと(1ヶ月誤差○秒)

2. 長持ちすること(連続使用可能時間)

3. コンパクトであること

4. タフなこと

5. 安さ

 

などが考えられます。

もちろん時計によって要求項目もスペックも違います。

各国の基準になる時計はコンパクトさも安さもいいからとにかく正確であることが大切になり、

日常で使うならちょっとの衝撃で壊れてもらっては困りますし安くなきゃ買えず、

腕時計ならデザインの制約が大きくなりますが高級品が許容されます。

 

大元を辿れば塔から紐で吊るした重りが落ちるその力を動力にしていたのが時計です。

当然長いほど持ちがいいので、その大きさは塔の高さだけありました。

その塔サイズだったものが紆余曲折を経て……

新しい機構の開発、金属加工技術の発達、よりよい合金の登場など金属そのものの進歩があり、

ついに腕時計サイズまで落ち着きます。

ここまでで電力なしで来られます。機械式というやつです。

 

私機械式の腕時計は持ってないんですが、

「自動ゼンマイ巻き」の機構があるんですね。

全然知りませんでした。

手の位置と地球の重力を使って巻く、

手の動きそのものを使って巻く、

手首の筋肉の膨らみを使って巻く……

よく考えたもんです。

 

このあたり、時計の仕組みが頭に入ってればすんなりわかるんだろうなあ。

図解もありますが、私が機構図を見てもピンときません…(苦笑)

そもそも時計の仕組みちゃんとわかってないからなー。

最初のほうを繰り返し読むか、別のより詳しい解説を読むか、

もういっそ拡大版を組み立ててみるぐらいしないと理解できなさそう。

誰かいい教材知りませんか。初歩的なやつ。

 

しかしやはり、クオーツ時計の登場というのは大きかったんですねえ。

 

時計の、秒針が「カチッ…カチッ…」と進むあのイメージ、あるじゃないですか。

まさに時を刻むというあの動きと音。

 

あれ、時計がゼンマイから電子機械になった時、省エネ化するためにできた苦肉の策だったらしいです。

 

1秒に1回しか動かさなくて済むなら1秒未満だけ通電すればよく、

それだけ長持ちするということらしいです。

意外すぎる由来。

クオーツ時計の進化は電池と回路の進化と共に、今日の形にまで来ております。

デジタル式をめぐるLEDと液晶の争いも面白い。

最近だと腕時計にも電波時計が普通に売られていますよね。

電波時計って、日本だと福島と佐賀にある電波塔から出た電波を受信してるらしいですよ。

GPS付きの時計もあるし、すさまじいです。

 

なお腕時計には「およそ考えられる機能は一通り乗せた」という歴史があります。

LSIが組み込まれていて、液晶が乗ったらまあ大抵のことはできてしまうのです。

ポケベル機能とか、計算機能とか、ラジオとか、テレビとか。

Apple Watchかな?

時代が早すぎましたかね!?

一台でどこまでできたのかは定かではありませんが……なんで廃れちゃったんですかねえ。

たまにスポーツ大会の審判が

リアルタイムで試合を確認できる腕時計をしていたりするので、

ハイスペック時計というのはこういう特殊用途で生き残っているということなんですかね。

 

ひたすらに精度を求める方の時計のお話も。

 

「時間」は現在原子時計で定義されていて、

「基底状態のセシウム133が91億9263万1770回振動する時間」が1秒です。

重さでも長さでもなんでも目盛りは小さく定義したほうが精度が上がるのですが、

時間の場合、突き詰めていってこんな細かくなりました。

数百万年から数千万年に1秒のズレらしい。

 

しかしこれを上回る光格子時計というのがでてきており、

こちら300億年に1秒しかずれないらしく、

この宇宙ができてからまだ100億年と言われているレベルなので、

なんかもうとんでもない次元です。

ここまでくると「標高差を時間で検出する」ことが可能になります。

 

は?

 

曰く、

 

アインシュタイン大先生によれば、時間って、重力の強さに依存するじゃないですか。

重力の強さは地上からの距離に依存するじゃないですか。

だから時間の進み方も地上からの距離で違うじゃないですか。

そういうことだ。

 

だそうです。

なるほどー………異次元だなー。

 

 

時計がいかにその時代に持てる技術をつぎ込んで作られたものであるか。

その全力さがよくわかった一冊でした。

 

posted by RAN | 21:32 | 本・雑誌 | comments(0) | trackbacks(0) |
この世の物差しが、変わる!

JUGEMテーマ:化学

 

キログラムの定義変更おめでとうございます。

 

歴史的転換ですね。

キログラム原器は重さの基準点から超精密分銅へと降格したわけですが、

我々の生活にはほとんど関係がございません。

というか当たり前ですが日常に影響がないように定義しました。

いきなり桁が変わったら困るやん。

なお決定したのは昨日ですが、運用変更は来年5月からです。

 

私は化学を一応勉強した人間ですので、化学のお話を。

化学の基本的な定数、アボガドロ数、モルについてです。

 

化学的には今回のキログラム定義の変更に伴ってモルの定義も変更になっております。
 

これまで「0.012kgの12Cの中に含まれる原子の数」=1molという定義でした。

キログラムを使って定義されておりますね。

 

これが、今回の変更を受けて

「6.022 140 76×10^23」=1molとなります。

要はアボガドロ定数を定義値として決め打ちしてそれを1molとするという話です。

元の「0.012kgの12Cの中に含まれる原子の数」の方が実験値になります。

 

そもそも、12gの12Cに一体全体いくつの原子が含まれているか。

 

そんなもんをまさかピンセットで直接数えることはできないので、

別のルートからアボガドロ定数を精密測定する手法が科学者たちによって考えられ、

時代とともにあれこれと変遷してきました。

最近は1kgシリコン単結晶球の結晶格子の長さをX線使って測るとか光干渉計とかそんながトレンドですが、

一番最初は気体の体積から算出してたらしいですよ。

 

当然時代が下るにつれてどんどんと精密度が上がっていき、

その推奨値は現在でも変動しています。

たとえば

 

1998年では「6.022 141 99×10^23」

2003年には「6.022 141 50×10^23」 

そして最新値は「6.022 140 857×10^23」

 

となっています。

意外と変わるなあって思いますよねえ。

6.02×10^23までで普段は十分なのですが、

小数点以下6桁目7桁目が不安定というのは精密な話をする際には今日日よろしくない、

ということで今回アボガドロ定数側を決め打つ運びになったということです。

 

ちなみに最新推奨値と今度の定義値との差は0.000000097×10^23、

見やすくすると9.7×10^15だけ値がいます。

原子9700兆個分ずれるわけです。

元の数が元の数なので、これだけずれても日常的には誤差です。

そもそもあれだけずれてる値なのでね。

 

これでアボガドロ定数がふらふらと動く値ではなくビシッと決まることになりました。

いやーすっきりしたね!

 

 

ところで。

今更なんですが。

 

モルって聞いただけで寒気がする人、絶対いると思います。

 

化学の一番最初につまづくとこじゃないかな、モル。

モルって何だよ!12gの炭素が何だってんだ!ってなるとこ。

定義が変わろうが、

1molは原子だいたい6000垓(がい)個のことです。

そんな大きい数めんどくせーからまとめてモルって呼んでるだけですよ。

おにぎりみたいなもんです。

モルはおにぎり。

 

12g分の米粒で出来たおにぎりが1おにぎりだったのが

米粒の数で定義するようになったんです。

でもめんどくせーのでおにぎりはおにぎりです。

モルはモルです。

たくさんの米。

そんなもんです。

 

以上!

posted by RAN | 23:15 | 理系 | comments(0) | trackbacks(0) |
書くとは、文字とは、読むとは、存在することとは。

JUGEMテーマ:自分が読んだ本

 

いきてま。(定型)

 

今年も残すところあと2ヶ月となりました。

そろそろ年末年始の予定を考えねばなりません。

今週寒かったので年末気分が加速しますが

来週はまた暑さ戻るみたいです。

勘弁して欲しいです。

 

さてなんやかんやお久しぶりですねー

 

これはペンです

円城塔

新潮文庫

 

円城塔。

最近「文字禍」という本を出して

ルビ芸が編集校正泣かせだと話題になりました。

これは表題の「これはペンです」に加えて

「良い夜を持っている」という話も収録した2本立ての本です。

いずれも短〜中編。

 

「これはペンです」は文字と文章と人間の関係性について、

「良い夜を持っている」は読むことと意識についてのお話。

 

こうして書くと「いつもの」感があるのですが、

なんかだいぶ読みやすい感じがあります。

表向きの落ちも一応あるし。

 

ということでいつもの書き散らしをします。

2本分だから手こずるぞー。

 

●これはペンです

 

叔父は文字だ。文字通り。

 

そんな書き出しから始まるこのお話は、

文章自動生成の研究者である叔父とその姪の手紙のやりとりをベースに

姪視点で語られる叔父探しのお話です。

常識人らしき母は出てきますが、叔父本人は出てきません。

姪にとっては手紙の中の人であり、

ある意味においてまさに叔父は文字なのです。

 

そして当たり前のように手紙は普通の方法で書かれたものではありません。
 

磁石に刻まれた文字をピンセットでつまみ出しながら作る。

本人が鎧の中に入った状態で作る。

岩にスプレーで字を書いて、パワーショベルで積み上げながら作る。

DNA配列上に組み込んで作る。

などなど。


書く手法の探索。

「これはペンです」といったところでしょうか。

もちろん本当にそのようにして書かれたものなのかは不明なのですが、

あ、DNAはガチなのですが、

とにかく「私たちはあまりにも簡単に文章が書けると思わないかね?」と問いながら

手紙を、文章を生成し続けます。

姪の方も負けずに、

「これはアルファベットパスタを拾い上げながら書きました。

 使える文字が減っていくのは面白いです」

なんてメールを送るのは愛嬌。

 

姪は叔父を探すといいますか、叔父の書き表し方を模索しています。

叔父の理解の仕方を。

存在のさせ方を。

 

ランダムにキーが切り替わるキーボードからの出力とか。

意味もわからず機械的に行われる翻訳とか。

自動的に文章を綴り続けるプログラムとか。

自動的に手紙を書き続ける機構とか。

 

文字が文章をなし意味を持つこと。

そこから意味を読み取ること。

意思の疎通をするというのはどのようなことなのか。

そういう試みのお話でした。

 

私たち、結構好き勝手に、文字から意味を汲むよね。

 

 

●良い夜を持っている

 

一度見たことは忘れない、忘れられない、超記憶。

すべての記憶が明確にあり褪せないため過去と現在の区別がつかず、

客観的な証拠と記憶はまるでかみ合わず、

まぜこぜになった世界を持つのがこのお話の「父」。

そんな父を死後20年経ってから、理解しようと回想するのが視点主である息子です。

 

たまに「客の顔と名前を何百人と覚えられる受付嬢」のように

驚異的な記憶力を持つ人がTVに出ますが、

「顔のそばに名前を空間になぞってイメージして覚える」といった具合に

みんな風景へ重ね合わせて何かを覚えているというのが共通していました。

それ逆に覚えにくくない…?と鳥頭な私は思うのですが、

記憶術というのは概ねそういうものであるようです。

 

この父も同様ですがその度合いが尋常ではなく、

記憶の街が存在し、

その街をどの角度からでも描いて見せるぐらいには完全に把握し、

見たもの聞いたものは数字までも、

その中にいる人間として記憶するという手法によって記憶を保持しています。

無限の記憶が可能とか。

 

しかもこの父、夢の街などというものを持っていて、「眠らない」。

少なくとも若い時期には、睡眠は夢の街へ行くことで、

意識は途切れず連続していて、

ただどの舞台にいるかが変わるというだけの話です。

 

眠ることも知らなかった父。

そんな父は、母に出会って眠りを知る。

夢の中で母と会話する。

同じ川のそばで。


父視点の世界とはどのようなものなのか、

全くもう想像が不可能なのですが、

規格外な父が懸命に追いかけたのが母(妻)です。

記憶の街ではチラチラと視界をかすめるだけの母を。

出てくるからには、出会わねばならない。

 

ボーイミーツガールと言って良いのかもしれませんね。

この母、ただものじゃない感じがすごくします。

 

話を少し戻しますが、

睡眠という概念を知らなかった父はそれを知ったとき、

正しくはこの世の皆が睡眠という記憶の断絶が起こると知ったとき、

震えながらこういうのです。

 

「誰もが同じ舞台で目覚めると、どうやって確認すれば良いのです」

 

昨日の自分はこの自分か、なんてのはよくある問いですが、

自分視点では「世界が不意にまっ暗闇になり記憶が途切れる状態」で、

しかも誰もがそのような状態であるとき、

世界が確かにこの世界であると誰が保証してくれるのでしょうか。

 

この本の冒頭は

 

目覚めると、今日もわたしだ。

 

から始まります。

考えても見たら不思議なものですが、そこを疑いだすと普通はキリがありません。

目が覚めたが果たして昨日の記憶を持つ私は私だろうか…?なんて、

まあ人生の中で一度ぐらいは遭遇する問いですが、検証方法もない。

当座のところそういうことにしておいて不具合はないので

そういうものだということで進んでいくものと思います。

私はそうでした。

 

しかしこと眠ったところで夢の街を移ろうだけだった父にとっては

起床もまた別の世界へ移動することでしかなかったわけです。

その別々だった世界が実は同じ世界だった。

世界は移ろうものでなく、同じ世界だった。

 

これはもう衝撃でしょう。

多分。

夜が呼ぶ無の世界が宇宙を隔て、それでいて同じ宇宙。

どの世界で何を書いても全て同じもの。

父は震えながらも無を読みましょうと言って、その直後に亡くなります。

無限をクラッシュするのは、いつだってゼロです。

 

わからなくなってきたのでこの辺にします。

いやでも楽しかったです。

やっぱり時々こういう文章読みたくなりますね。

 

なおこの主人公には姉がいて、

その姉には娘がいます。

 

物語は、姪の子守をする主人公のシーンで終わります。

 

っはー!!

これは周回プレイですね分かりました!!

同じものが書き出されることと

同じものが読み出されることに

衝撃を覚える君らは親子だよ全く!!

 

posted by RAN | 00:10 | 本・雑誌 | comments(0) | trackbacks(0) |
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